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Random Thoughts on BJJ, Pro Wrestling, MMA, etc.

Saturday, November 29, 2003

唐突だけど 

明日日曜の試合(US Nationals)に出ることにして、登録すませてきた。体重調整なぞロクにしてないけど、この大会はブラジル方式に試合直前にギありで計量ってことなので、ちょっと空腹に耐えて、軽いギを着ればなんとかパスできそーなので。

俺は単純な人間なので、試合前日とかにはいつも、バカの一つ覚えのごとく「(なるたけ楽な勝ち方やラッキーな勝ち方で)優勝する自分の姿」を妄想している(←なんの追い込みもしないくせになんと都合のいい!)。もっとも、翌日にその妄想が現実になることなんて皆無だから安心してほしい(←才能あるわけでもないので当たり前)。よく一回戦でこてんぱんに負けるし、たとえいくつか勝てても、もーめちゃしんどかったりする。それでも次の試合が近付くと、また懲りずに都合のいい妄想を開始。いい加減無駄だってことに気付けよな。てか妄想せずに努力せい>俺

だいたい勝ち負けなんてどーでもいいじゃないか。俺は、自分が強くなるために格闘技をやってるつもりなんだ。少なくともタテマエ上は。だから試合に出る際も、それで自分がいい経験を得てさらに実力アップさえできるなら、強くなれるならば、それでいいはずなのだ。大事なのは勝ち負けではないっ。

でも本音はそーはいかない。ラッキーでも何でもいいから勝ちたい。できればキツい思いをせずに勝ちたい。「いい経験」なんてできなくても、別にその試合で実力アップできなくてもいーから、勝ちたい。「(試合で得られる)実力」なんかより、「勝ち」という空虚な称号が欲しい。さすがに不戦勝はやだけど、そーでない勝ちなら欲すい。嗚呼、なんて本末転倒なぼく。でも、「勝ち」を宣告されるってことは、他人が自分の「強さ」を認めてくれるってことなんだもん。いかに中身がなくても。

結局俺は「絶対」より「相対」を露骨に求めちゃう奴。自分の価値は自分の中でだけ分かればいい、なんて殊勝な考えはタテマエのみ。心の底では、自分の価値は他人との優劣関係の中でのみ、そして他人にそれを認めてもらうことによってはじめて証明されると感じてる。勝てば素直に喜び、負ければ「でもいいケイケンになっタ」「これでジブンノジャクテンが分かって強くなれタ」とタテマエの論理を動員し、けいめいに惨めな自分を納得させる。

でも、試合に出る理由ってのがそれだけでないのも確か。俺には柔術の試合はとにかく楽しい。アクションゲームのごとく、どんどん移り変わる状況に必死で対応したり、ときにはチェスのよーに、しばらく止まって最上の手は何かを考えたり(テクがあればそれだけ使えるコマが多いってこと)、相手は次に何をしてくるかを読むために懸命にアタマを働かせたり。それらをゴーカートかなんかに乗りながら体全体でやってるって感じ。スパーも基本的には同じだけど、試合の方が緊張感が断然高いし。比較的怪我も少ないし、スタミナなくてもけっこうなんとかなる。

ってことで俺的には、柔術ってのは試合後、事後的に自分の「強さ」を確認できる精神的快楽と、やってる瞬間瞬間に体とアタマが覚えてる快楽、のふたつがとても高い強度で両立してる。なんて、そんなん他のスポーツでもみんな同じだと思うけど、その快楽の質にたぶんいろいろ違いがある。それについてはまた考えよう。

ってことでへんてこ柔術論(?)その一でした。俺は妄想に戻ります。

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