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Random Thoughts on BJJ, Pro Wrestling, MMA, etc.

Monday, January 05, 2004

ビンスのイラクスピーチからつらつら考える 

とりあえず寝てたら、かなり気分すっきりしてきた。でもやっぱたいしたことは書けない。もはやアタマが痛いという言い訳は効かないのにゃ。単に俺には問題がでかすぎる。

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今にはじまったことじゃないが、やっぱりビンスがWWEを「a slice of Americana」と表現したこと、つまり改めて自分達を「アメリカらしさ」の典型例として定義したことには注意が行くなあ。日本のプロレスじゃ考えられないし。相撲ならぴたりかもしれないど。

でここで、どーしてビンスは確信を持ってそう言えるのか、具体的にどこに「アメリカ」と「WWE」の共通点を見出しているのか、ってことからはじめてみる。(以下超いきあたりばったり)

このビンススピーチの中で印象的だったのは、一番の聞かせどころって感じで「And most importantly, we thank you for having the courage to fight for what you believe in」と呼び掛けた時、彼が「fight」をことさら強く発音してたこと。やっぱここには単純に「闘うアメリカ」を象徴するイラク部隊を、「闘い」を表現するWWEが称える、という共振がアタマにあるんだろう。最近「アメリカ」な正義を背負ったベビーが、「外敵」なヒールと闘うっていう構図は前よりは増えてるし。

でも俺はこの「闘い」ってことが、アメリカとWWEを結びつける本質的な要素とはあまり思えないんだよな。「闘い」はどんな人や集団のあり方にも、常につきまとうものだし、それ故にどんなものとも結びつき得るから。今のWWEの身ぶりも単に時勢的なもんじゃないかな。別に、国家権力への「闘い」とプロレスの「闘い」とを結び付けたっていいわけだし。実際人気ピークの時のWWEは、社会道徳に対して反抗的なふるまいのほうが目立ってたしウけてたし。

それよりも、もっとふつうに「民衆エンターテインメントなアメリカ」&「民衆エンターテインメントなWWE」の共振の方がはるかに強いよーな気がする。つまり「単純かつ開放的に楽しむ」みたいな。固いこと言わずに、エロを楽しみ、ギャグを楽しみ、どかーんばかーんを楽しむ自由なアメリカの国民性と、そーゆーものを大いに解放し、お固い考えは笑い飛ばしちゃうWWEとの共振。でも、お互い根っこの部分では正義をきちんと背負うという。何度も言うけど、キングのポジションってのはそれを典型的に示してるよね。

で、俺は単純にエロもギャグもどかーんばかーんも大好きだし、悪も好きだけど実は正義にも弱い典型的凡人だから、そのことは全然良い。ただ「単純に楽しむ」と「単純に考える」が、エンターテインメントと人々の日常生活の枠を超えて強く共振して、両方の領域で支配的になってきちゃう(で、さらに「それがアメリカ」ってことで済まされちゃう)とあんま良くないよーな気がする。で、今はどーもそれが起きてるんじゃないかなあ。

ビンスはこうも言った。「我々の偉大なるnationを守ってくれてありがとう。我々のfreedomを守ってくれてありがとう。」

これは別にプロレス好きに限らず、アメリカ人の多くが素朴に口にする言葉。俺の周りにも、従軍兵士達に対してこういう形で(非常に真面目な目で)感謝を表明する人は多いです。そら人に感謝するのはいーことだ。でもこんな単純にものごとを考えていーのだろうか? 細かいことは省くけど、「サダム政権をぶっ壊すこと」と、「アメリカの自由」に本当に関係があるかどーかなんて、我々一般人には簡単に判断できないことだと思うんだが(「中東の石油をぶん取ることが、アメリカの繁栄を保証する」とかなら分かるけど)。それでもめんどくさいことは考えずに、「アメリカ=正義 外敵=悪」でいーじゃんという単純な世界観は今、アメリカの世間にはびこってるし、プロレスにもはびこりはじめてる。ここに共犯関係が全くないとは言えないんじゃないか?

あ、「ブッシュはマジなものとしてこういう単純な世界観を広めてて、多くの人々もソレを真に受けてるかもしれない。でもプロレスはあからさまにファンタジーを見せていて、ファンはみんな分かってて楽しんでる。だから二つはぜんぜん違うじゃん」って意見もあるかもしれないね。だからプロレス見るのに政治のことなんか気にしてもしょーがない、って。だいたい「エンターテインメントで単純世界を見せ続ければ、やがて人々の考え方自体も単純になってゆくに違いない」なんて、原因と結果を安易に結び付けるのはかなりおバカだと思うし。これじゃ、プロレスは女性への暴力を・・とかいう思考とレヴェルが変わらん。

でも、昨日も書いたよーに、今のWWEは大事なトコではそのへんで巧みに「ファンタジーモード」に「マジモード」を混ぜてみせるのよ。その「マジモード」では確かに、「ファンタジーにおける単純世界観は、つまりファンタジーなんですよ」ということを改めて我々にはっきり示す。でも同時に「だから、ファンタジーにおいて悪い役をやっている人々も、本当はアメリカの正義を愛し、悪を憎んでいるのですよ」とも言うんだよ。これはつまり、「我々もマジなところでは、ブッシュの単純世界観をサポートします」という主張そのものなんだよね。ファンタジーの単純世界はネタだけど、現実でも我々はベタに単純世界を支持します、と。こーなると、ファンタジーにおける単純世界も、戯画として現実のそれに対応してる以上、結局ネタでありつつベタとしても表れることになるんじゃないか。実際近年の会場のファンの反応はベタ度がかなり高そーだし。

結局今のWWEは、ファンタジーとマジの両方のモードを組みあわせながら、ある意味ダブルでアメリカの単純世界観に加担してると言われてもしょーがないんじゃ? 俺はぜんぜん立派な人じゃないから、別にアメリカ軍による攻撃で自分の知らない人が死んだと聞いても、いちいち心が痛んだり嘆いたりはしない。でも、これ以上周りの人達の間で単純世界観が強まることも嬉しくない。もう俺は今、素朴に戦争支持してるアメリカ人の道場仲間とかに、面と向かってブッシュは詐欺師とか言えないもん。村八分にされるのやだし(日本で右翼が恐くて、マサコさまのマソコがどーしたとか言えない気分に少し似てる。言ってるけど)。また、こんな傾向のせいで、プロレス自体が俺にとってつまらなくなってる部分もあるしね(いやま、ブラッドショーみたいなレスラーにとっては、よりイイ仕事をするための動機付けになってんだろーけど)。

あでも、このプロレスに特有の単純化ってのが、それ自体必然的に「アメリカ万歳」につながるものかと言えば、それは違うでしょ。別に国家権力を「単純な」悪の象徴として描くプロレスだって、事情によっては成立不可能でははないだろーし。だから結局、現在のブッシュの単純世界観と、WWEの単純世界観の結びつきもやっぱり時勢的なものなんだろう。じゃあなんで「今」、こーなってるんだということを考えると、やっぱり行き着くのは経済的な話になるかな。当然のごとく。間違っていようが正しかろうが、多くの人に支持されなきゃどーにもならんしね。

とにかく、エンターテインメント世界における単純化と、人々の世界観の単純化が(好ましくない形で拝外主義と結びつきつつ)重なって相互に進行しちゃうよーな状況を、「今の」WWEは、権力にすり寄りつつ「ファンタジーモード」と「マジモード」の巧みな分業を行うことによって助長しているのだ、という批判にはけっこう説得力があると思うんだが (まー基本的に俺が自分で考えたもんだしな。所詮俺が考えたことだから、アナもいろいろあるだろうけど)。

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