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Random Thoughts on BJJ, Pro Wrestling, MMA, etc.
Monday, July 10, 2006
最近プチブレイク気味?のキャッチレスリング(ついでにUFC雑感)
まず前置きとして、グレイシーアカデミーのサイトに載っている、ホイス敗戦に関する文章を。創作パロディじゃないよ。ホントに書いてあるんだよ。
ーー
「UFC 60: ホイスグレイシーは敗れるが、グレイシー柔術は勝利!」
(大量に前略)
2006年5月27日。ホイス・グレイシーはUFCに復帰し、現在のウエルター級王者マット・ヒューズと対決した。試合開始後、マットとホイスは組み合ってグラウンドに移行した。マットはガードをパスし(グレイシー柔術)、サイドポジションを確立し(グレイシー柔術)、そこからキムラロック(グレイシー柔術)を狙い、さらにストレートアームロック(グレイシー柔術)に移行した。ホイスは腕を解き、より良いポジションを得るために亀になった。この時マットは素早くバックに回り両足フックを完成し(グレイシー柔術)、ホイスを十分にコントロールし、後頭部にパンチの雨を浴びせて決着を付けた。
試合が終わった時、観衆は衝撃を受けていた。ホイスは敗れたが、グレイシー柔術は勝ったのだ。
グレイシーアカデミーは、ヒューズ氏の、自分の技術にグレイシー柔術を組み入れることの重要性を悟った知性と、その技術をこれほどまで高いレベルで達成した努力を賞賛したいと思う。
1925年以来、グレイシー一族の目的は、グレイシー柔術を知ることの重要性を世界に知らしめることだった。グレイシー一族は、ヒューズ氏が、実戦においてグレイシー柔術の有効性と能率を常に見せつけることを通して、「グレイシー流」を実践してくれていることに感謝を捧げたい。
ーー
正直、最初は絶句してしまったんだけど、こういう、言わない方が絶対カッコイイに決まってることを、あえて言ってしまうあたりに、「ザ・負けず嫌い」グレイシー健在を見てとって思わず嬉しくなってしまう人も多いだろう。新世代にも期待したいしね。ま、「グレイシーで勝った」ではなく「グレイシーを組み入れて勝った」と言っているあたりはホリオン様としては譲歩といえば譲歩だが。
ただ自分としては、(ここからようやく本ネタなんだけど)この定番のグレイシーロジックに対抗して(?)一部で盛り上がった「ヒューズの使った技の全ては、ブラジリアン柔術が誕生する以前からすでに『キャッチレスリング』に存在していたものなのだあ!」理論のほうにノりたいな。この素晴らしいスレを見よ!
これをさらに悪ノリさせると「ヒューズvsホイスは、伝統あるキャッチレスリング(レスリング+サブミッション)が柔術より優れた組み技格闘技であることを証明したのだ」「『ファーマーボーイ』ヒューズこそ、伝説のキャッチレスラー、ファーマー・バーンズの再来といえる。」という素敵なファンタジー/電波に発展する。いや実際、複数の掲示板でそういう議論が出てたんだよ。ま、少なくとも「ヒューズは、もともとキャッチレスリングの伝統を汲む米田舎のアマレスで鍛え込んだ」と「ヒューズは無類に強いアマレスラーだからこそ、あそこまでホイスをポジションで圧倒できた」というのは両方とも嘘じゃない。
この「キャッチレスリング」(「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」)という言葉は、もともと英国ランカシャーで行われてたレスリングのことも差すし、それがヨーロッパの各都市に広がってプロ興行として行われたもの(ハッケンシュミットや前田光世も参加してた)でもあるし、さらに前後して北米に入ってきて20世紀初頭に盛り上がる初期のプロレス(これがフランク・ゴッチとかストラングラー・ルイスとかルー・テーズとかの伝統に連なる)も意味する。ってことでこの言葉は、もともと英語圏(まあ北米中心なんだけど)のファンの間ではそれなりの(おそらく日本のファンが想像する以上の)ノスタルジーと幻想を背負っていて、同時に反発や嘲笑の対象にもなってきた。「サクラバは何故強いのか?」という問いに対して、「彼は(ライレージムで鍛えられたロビンソンやゴッチの系譜を受け継ぐ)キャッチレスラーだから」という説明をする人は実は英語圏には多い。
で、自分の見るところ、ここんとこその英語圏のファンの間で、「キャッチレスリング」への興味が、どうもvs柔術という文脈で一部で再燃しかかってるような感じがする。大袈裟に言うと、ちょびっとブレイクの兆しがないでもない(ってもま、ものすごーく小さな範囲での話しだけどね)。
例えば、ジョシュ・バーネットは最近よく(少なくとも北米のファンに向けては)自分が「キャッチレスリング」の使い手であることを強調する発言を行っている(日本のファン向けには、ケンシロウ云々のほうが多いのかもしれないけど)。こないだの北米PPVでの試合後インタビューでも
「今日僕が使ったのは、キャッチレスリングの基本技、ダブル・リストロック(テーズもこう呼ぶよね)だよ。アレクサンダーに勝った技はトップ・リストロックだしね(これに関しては確か前回のPPVの試合後インタビューで、ロビンソン直伝だと言っていた)。ま、(強調した発音で)ジウジーツウー使いの諸君ならこれをキムラとか呼ぶんだろうがね。」
って感じの秀逸なコメントを出していた。あとジョシュは試合後の記者会見でも「ノゲイラは僕のようなキャッチレスラーには慣れてないからね」と言っていた(スポナビでは訳されてなかったけど)。
また、近年「日本のキャッチレスラー」として藤原組長の昔の教則が欧米向けに改めてDVD化されて発売されたとか、ついこないだエディ・ブラボーが「ツイスター=アブドミナル・ストレッチ使いの俺様は、柔術家ではなくキャッチレスラーとしての自分に目覚めてしまったのだあ!」と電波を飛ばしてこんな爆笑サイトを作ったりも。それから去年、北米キャッチレスリング史の大家、マーク・S・へウィットさんが、ずばりそのまま「Catch Wrestling」という名の本を出し、ボスナーvs東勝熊等、柔術vsキャッチの初期の歴史を書いてくれてたりする。そういえば日本でも、サンテルvs講道館柔道の本が出たんだよね。ヘウィットさんによる、エリオvsズビスコ(スタニスラウスの弟の方。実は実現してたとか)に関する本ってまだなのかな?
ーー
そんな感じで、「キャッチ」が最近ちょっと楽しいネタですよ、というわけなのだが、以下ついでに先日のUFC 61 の雑感を(書きたいことだけ書くので、申し訳ないけど試合内容、結果等は他でチェックして下さい)。
・個人的に一番の注目カード、地元悪ガキスティーブンソンvsイーブスは、技術的にもこの日一番見応えがあったし、見せ物としても、ニュージャックのプロレスに匹敵するくらい「虐殺」とか「屠殺場」という言葉を連想させるものに。一緒に観ていた某フッカーKさん(ものすごく昔に、なにをとち狂ったか柔道着を着用してスティーブンソンと闘った)はひとこと「血って赤いんやなあ!」と。そのくらいこの試合における「金網」「暴力」「血」「黒い肌」の組み合わせはインパクトがあって、それはフレアーの「金髪」「血」「断末魔の叫び」のコンビネーションと同じくらい絵的にも鮮やかだった。無料放送としてお茶の間に流すのはマズいのかもしれないけど、超人的なスタミナと達人レベルのグラップリング技術の持ち主であるスティーブンソンが見せた「なりふり構わない強さ」(殴られて蹴られても前に出て、立たれても立たれても相手を組み伏せては上からひたすらヒジ!)もあいまって、格闘技の根にあるすごく単純であからさまなものが出た(こういうのを「美しい」といっていいかも)試合だった。もっともそれは「純粋な強さの追求」とかではぜんぜんなく、当然のように成功、名声、金への欲が絡むわけで、プライドでのしあがっていった時の五味の試合も思い出した。
・リコ・ロドリゲス・シンドローム(って単に「モチベを失い太ること」なんだが)に冒されたフランク・ミアの体を見た瞬間、視聴者の多くは、もうこの試合(対クリスチソン)はギャグとして受け取るしかないと直感したはず。その意味では、(KOTC等でむやみに組まれるぶよぶよ重量級同士の組み合い殴り合いとほとんど見分けがつかない)試合内容は期待を裏切らなかったと思う。これでクリスチソンの神のアームバーが極まってたら(つまり、アケボノがボビーに上手投げですっ転がされるような笑撃を生むという点で)完璧だったのだろうが、そこを持ちこたえたミアが、3Rには根性を見せ挽回して勝利を掴んだことに、ふつうに希望を見たいな。
・個人的には、ここ数年のティトというのはアンダーテイカーみたいなもんで、「入場では異様なエネルギーを発散して問答無用に観客を巻き込む→でも試合はあんまり凄くない」ってパターンが多いんだけど(もっともテイカーは、スマーク連中に言われるほど酷いレスラーではないと思うが)、なにせ今日は相手が(TUF3でのあり得ないコーチぶりで、もはやテリーファンクも真っ青のエクストリームバカ親父と化している)ケンシャム様なだけに、もともと試合内容がどうこうというものでもなかった。ケンシャム様が(焦点の合ってない目で)例によって試合後ゴネて、ティトもまんざらではなさそうだったからこの因縁はまだ続くかもしれないのだが、そんなことより、比較的早期に試合を止めたハーブのおっちゃんが批判されているのを見るのが辛い。どうやら試合を早く止めるのは彼だけの判断ではなく、(総合格闘技の専門家とは言えない)州コミッションのお偉方からのプレッシャーとかもあるらしい。合法スポーツとして認可されたばかりの米国MMAならではの問題ってのがやっぱりあって、選手だけでなくレフにも負担をかけていると。
・巷でぼろくそに言われているアルロフスキーvsシルビア、自分は「これがはやく終わればペリグリーノvsドゥルーが放映されるかも」という当初の期待を2Rあたりであきらめてしまったので、なかなかこのお見合いが楽しめた。どうしても踏み込めず、ローも出せなくなったアルロフと、それに対して無理せずこつこつ当てることに徹したなにげに器用なシルビアの、人間同士の戦いが見えた気がしたので。王座防衛のためになすことをなしたシルビアは堂々と胸を張ってほしいし、アルロフにはこの試合の映像を見直して、アタマをかきむしりグラスを投げつけ自分に怒り狂ってほしい。
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「UFC 60: ホイスグレイシーは敗れるが、グレイシー柔術は勝利!」
(大量に前略)
2006年5月27日。ホイス・グレイシーはUFCに復帰し、現在のウエルター級王者マット・ヒューズと対決した。試合開始後、マットとホイスは組み合ってグラウンドに移行した。マットはガードをパスし(グレイシー柔術)、サイドポジションを確立し(グレイシー柔術)、そこからキムラロック(グレイシー柔術)を狙い、さらにストレートアームロック(グレイシー柔術)に移行した。ホイスは腕を解き、より良いポジションを得るために亀になった。この時マットは素早くバックに回り両足フックを完成し(グレイシー柔術)、ホイスを十分にコントロールし、後頭部にパンチの雨を浴びせて決着を付けた。
試合が終わった時、観衆は衝撃を受けていた。ホイスは敗れたが、グレイシー柔術は勝ったのだ。
グレイシーアカデミーは、ヒューズ氏の、自分の技術にグレイシー柔術を組み入れることの重要性を悟った知性と、その技術をこれほどまで高いレベルで達成した努力を賞賛したいと思う。
1925年以来、グレイシー一族の目的は、グレイシー柔術を知ることの重要性を世界に知らしめることだった。グレイシー一族は、ヒューズ氏が、実戦においてグレイシー柔術の有効性と能率を常に見せつけることを通して、「グレイシー流」を実践してくれていることに感謝を捧げたい。
ーー
正直、最初は絶句してしまったんだけど、こういう、言わない方が絶対カッコイイに決まってることを、あえて言ってしまうあたりに、「ザ・負けず嫌い」グレイシー健在を見てとって思わず嬉しくなってしまう人も多いだろう。新世代にも期待したいしね。ま、「グレイシーで勝った」ではなく「グレイシーを組み入れて勝った」と言っているあたりはホリオン様としては譲歩といえば譲歩だが。
ただ自分としては、(ここからようやく本ネタなんだけど)この定番のグレイシーロジックに対抗して(?)一部で盛り上がった「ヒューズの使った技の全ては、ブラジリアン柔術が誕生する以前からすでに『キャッチレスリング』に存在していたものなのだあ!」理論のほうにノりたいな。この素晴らしいスレを見よ!
これをさらに悪ノリさせると「ヒューズvsホイスは、伝統あるキャッチレスリング(レスリング+サブミッション)が柔術より優れた組み技格闘技であることを証明したのだ」「『ファーマーボーイ』ヒューズこそ、伝説のキャッチレスラー、ファーマー・バーンズの再来といえる。」という素敵なファンタジー/電波に発展する。いや実際、複数の掲示板でそういう議論が出てたんだよ。ま、少なくとも「ヒューズは、もともとキャッチレスリングの伝統を汲む米田舎のアマレスで鍛え込んだ」と「ヒューズは無類に強いアマレスラーだからこそ、あそこまでホイスをポジションで圧倒できた」というのは両方とも嘘じゃない。
この「キャッチレスリング」(「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」)という言葉は、もともと英国ランカシャーで行われてたレスリングのことも差すし、それがヨーロッパの各都市に広がってプロ興行として行われたもの(ハッケンシュミットや前田光世も参加してた)でもあるし、さらに前後して北米に入ってきて20世紀初頭に盛り上がる初期のプロレス(これがフランク・ゴッチとかストラングラー・ルイスとかルー・テーズとかの伝統に連なる)も意味する。ってことでこの言葉は、もともと英語圏(まあ北米中心なんだけど)のファンの間ではそれなりの(おそらく日本のファンが想像する以上の)ノスタルジーと幻想を背負っていて、同時に反発や嘲笑の対象にもなってきた。「サクラバは何故強いのか?」という問いに対して、「彼は(ライレージムで鍛えられたロビンソンやゴッチの系譜を受け継ぐ)キャッチレスラーだから」という説明をする人は実は英語圏には多い。
で、自分の見るところ、ここんとこその英語圏のファンの間で、「キャッチレスリング」への興味が、どうもvs柔術という文脈で一部で再燃しかかってるような感じがする。大袈裟に言うと、ちょびっとブレイクの兆しがないでもない(ってもま、ものすごーく小さな範囲での話しだけどね)。
例えば、ジョシュ・バーネットは最近よく(少なくとも北米のファンに向けては)自分が「キャッチレスリング」の使い手であることを強調する発言を行っている(日本のファン向けには、ケンシロウ云々のほうが多いのかもしれないけど)。こないだの北米PPVでの試合後インタビューでも
「今日僕が使ったのは、キャッチレスリングの基本技、ダブル・リストロック(テーズもこう呼ぶよね)だよ。アレクサンダーに勝った技はトップ・リストロックだしね(これに関しては確か前回のPPVの試合後インタビューで、ロビンソン直伝だと言っていた)。ま、(強調した発音で)ジウジーツウー使いの諸君ならこれをキムラとか呼ぶんだろうがね。」
って感じの秀逸なコメントを出していた。あとジョシュは試合後の記者会見でも「ノゲイラは僕のようなキャッチレスラーには慣れてないからね」と言っていた(スポナビでは訳されてなかったけど)。
また、近年「日本のキャッチレスラー」として藤原組長の昔の教則が欧米向けに改めてDVD化されて発売されたとか、ついこないだエディ・ブラボーが「ツイスター=アブドミナル・ストレッチ使いの俺様は、柔術家ではなくキャッチレスラーとしての自分に目覚めてしまったのだあ!」と電波を飛ばしてこんな爆笑サイトを作ったりも。それから去年、北米キャッチレスリング史の大家、マーク・S・へウィットさんが、ずばりそのまま「Catch Wrestling」という名の本を出し、ボスナーvs東勝熊等、柔術vsキャッチの初期の歴史を書いてくれてたりする。そういえば日本でも、サンテルvs講道館柔道の本が出たんだよね。ヘウィットさんによる、エリオvsズビスコ(スタニスラウスの弟の方。実は実現してたとか)に関する本ってまだなのかな?
ーー
そんな感じで、「キャッチ」が最近ちょっと楽しいネタですよ、というわけなのだが、以下ついでに先日のUFC 61 の雑感を(書きたいことだけ書くので、申し訳ないけど試合内容、結果等は他でチェックして下さい)。
・個人的に一番の注目カード、地元悪ガキスティーブンソンvsイーブスは、技術的にもこの日一番見応えがあったし、見せ物としても、ニュージャックのプロレスに匹敵するくらい「虐殺」とか「屠殺場」という言葉を連想させるものに。一緒に観ていた某フッカーKさん(ものすごく昔に、なにをとち狂ったか柔道着を着用してスティーブンソンと闘った)はひとこと「血って赤いんやなあ!」と。そのくらいこの試合における「金網」「暴力」「血」「黒い肌」の組み合わせはインパクトがあって、それはフレアーの「金髪」「血」「断末魔の叫び」のコンビネーションと同じくらい絵的にも鮮やかだった。無料放送としてお茶の間に流すのはマズいのかもしれないけど、超人的なスタミナと達人レベルのグラップリング技術の持ち主であるスティーブンソンが見せた「なりふり構わない強さ」(殴られて蹴られても前に出て、立たれても立たれても相手を組み伏せては上からひたすらヒジ!)もあいまって、格闘技の根にあるすごく単純であからさまなものが出た(こういうのを「美しい」といっていいかも)試合だった。もっともそれは「純粋な強さの追求」とかではぜんぜんなく、当然のように成功、名声、金への欲が絡むわけで、プライドでのしあがっていった時の五味の試合も思い出した。
・リコ・ロドリゲス・シンドローム(って単に「モチベを失い太ること」なんだが)に冒されたフランク・ミアの体を見た瞬間、視聴者の多くは、もうこの試合(対クリスチソン)はギャグとして受け取るしかないと直感したはず。その意味では、(KOTC等でむやみに組まれるぶよぶよ重量級同士の組み合い殴り合いとほとんど見分けがつかない)試合内容は期待を裏切らなかったと思う。これでクリスチソンの神のアームバーが極まってたら(つまり、アケボノがボビーに上手投げですっ転がされるような笑撃を生むという点で)完璧だったのだろうが、そこを持ちこたえたミアが、3Rには根性を見せ挽回して勝利を掴んだことに、ふつうに希望を見たいな。
・個人的には、ここ数年のティトというのはアンダーテイカーみたいなもんで、「入場では異様なエネルギーを発散して問答無用に観客を巻き込む→でも試合はあんまり凄くない」ってパターンが多いんだけど(もっともテイカーは、スマーク連中に言われるほど酷いレスラーではないと思うが)、なにせ今日は相手が(TUF3でのあり得ないコーチぶりで、もはやテリーファンクも真っ青のエクストリームバカ親父と化している)ケンシャム様なだけに、もともと試合内容がどうこうというものでもなかった。ケンシャム様が(焦点の合ってない目で)例によって試合後ゴネて、ティトもまんざらではなさそうだったからこの因縁はまだ続くかもしれないのだが、そんなことより、比較的早期に試合を止めたハーブのおっちゃんが批判されているのを見るのが辛い。どうやら試合を早く止めるのは彼だけの判断ではなく、(総合格闘技の専門家とは言えない)州コミッションのお偉方からのプレッシャーとかもあるらしい。合法スポーツとして認可されたばかりの米国MMAならではの問題ってのがやっぱりあって、選手だけでなくレフにも負担をかけていると。
・巷でぼろくそに言われているアルロフスキーvsシルビア、自分は「これがはやく終わればペリグリーノvsドゥルーが放映されるかも」という当初の期待を2Rあたりであきらめてしまったので、なかなかこのお見合いが楽しめた。どうしても踏み込めず、ローも出せなくなったアルロフと、それに対して無理せずこつこつ当てることに徹したなにげに器用なシルビアの、人間同士の戦いが見えた気がしたので。王座防衛のためになすことをなしたシルビアは堂々と胸を張ってほしいし、アルロフにはこの試合の映像を見直して、アタマをかきむしりグラスを投げつけ自分に怒り狂ってほしい。